Don't settle for shallow.
Basic Understanding 1
日本酒ほど、誤解の多い日本の文化はありません。あなたが「こだわりの地酒」と書かれた居酒屋で、日本酒を注文したとします。「日本酒は熱燗にするとおいしいよ」と聞いてきたあなたは、お店自慢の銘柄を指差して「これを熱燗にしてください」と言います。店員はこう答えます。「これはいい酒だから熱燗にはできません」。場合によっては、「日本酒は冷たくして飲むものです」とお説教されるかもしれません。混乱したあなたが辿る道は2つ。店員に言われたとおり、冷たいままの日本酒を飲み、本当の日本酒の楽しみに出会えないまま帰国するか、どうしても熱燗が飲みたいと食い下がり、その店が熱燗用に用意した「自慢ではない日本酒」を飲んで「熱燗は美味しくない」と失意のまま帰国するかのどちらかです。実に不幸な体験といえます。
なぜそのような誤解が起こるのでしょうか?
日本酒の飲み方は元々、「お燗」か「冷や」しかありません。これも多くの日本人が誤解していることですが、「冷や」は冷やした酒のことではありません。温めない酒、つまり常温のことです。先ほど出てきた店員は、さも日本酒は冷やして飲むのが常識のように言いましたが、冷やして日本酒を飲む習慣なんて、冷蔵庫が普及してからのことですから、それが間違いであることは言うまでもありません。今の日本人が日本酒を冷やして飲むようになったのは、消費量を上げたい酒造業界によるマーケティングの成果といえます。
ビールやワインといったアルコール飲料の選択肢がいくらでもある現代では、季節を問わず飲んでもらうための新しい試みが必要だったのです。日本酒の裾野が広がったという点では、それは素晴らしいことですが、「冷たい日本酒」という新しい文化しか知らない人たちの間で、「日本酒は冷やして飲むのが通」なんて迷信が定着したのが、不幸の始まり。熱燗は「味なんてどうでもいい呑んべえのオヤジが飲むもの」というイメージで塗りかためられてしまったのです。どうにもおかしな話ですね。
もうひとつ、多くの日本人が頑なに信じている「上等なお酒はデリケートなので、温めると台無しになる」という迷信についても触れておかなければなりません。本来日本酒といえば、米に由来する豊かな旨みが特長なのですが、「大吟醸」と銘打たれたような高級酒では、飲みやすさと華やかさを追求したタイプが主流です。旨みを抑えて味をすっきりさせる反面、作為的に香りを押し出したお酒が多いので、温度を上げると香りやアルコール臭ばかりが強調されてしまいます。その意味では「高級酒は冷やして飲むべき」というのは間違っていません。ただし、「良い酒はお燗にしてはならない」というのは全くの誤解です。「上等な酒」は必ずしも「高級酒(高価な酒)」ではありません。上質な日本酒が持つ自然な旨味は、温度を上げることでより膨らみます。温度の違いで表情が大きく変わります。それを楽しむのが日本酒の伝統的なスタイルです。高級酒をキンキンに冷やして飲むのも美味しいものですが、その楽しみは他のアルコールで代用できます。温めた日本酒の楽しみは他では味わえない。だから温めた日本酒の美味しさ、楽しさをぜひ体験してほしいのです。
日本酒をお燗して楽しむ文化は、少しずつ見直されてきているように感じますが、それでもまだその体験をできる場はそれほど多くありません。あなたが運良くそれを体験できたとしたら、ぜひ日本酒を買って帰って、仲間たちに教えてあげてください。「日本酒は温めて楽しむものだぞ」と。