酒場文化研究所

2019.11.7

「日本酒ブーム」は本当なのか?

日本酒がブームとは随分前から耳にしている気がするが、本当に日本酒はブームなのだろうか?

日本酒と一口に言ってもいろいろな潮流があるから、部分的にはブームと呼べるような現象も起こっているのかもしれない。しかしアルコール市場全体の衰退、中でも清酒(日本酒)のシェアが減り続けている現実を見れば、日本酒ブームと言われるものの正体について疑問を持たざるを得ない。

国税庁の統計を見てみれば、日本酒が置かれた苦境は明らかである。酒類全体の消費がピークだった平成8年を基準にすると平成28年度は87%と1割強の縮小であるが、日本酒に限ると平成8年では約700万石あった消費が、平成28年では約300万石。たった20年で半分以下になっているのである。

それでも日本酒界には、「山奥の小さな酒蔵」を自称する大手酒造メーカーのようなブランディングの勝者もいれば、伝統を巧みに取り入れた新時代の日本酒で脚光を浴びる若手酒造家もいて、それらの銘柄は飲食店がこぞって在庫を奪い合い、客寄せの目玉にしている。そして徐々にではあるが、燗酒という日本酒本来の楽しみ方が俄に注目されつつもある。大変嬉しいことだ。

それなのに何故、日本酒の消費量は減り続けるのか。

それは、日本酒ブームと呼ばれるものの実態が、嗜好品としてのトレンドでしかないからだと思う。「ブームとは嗜好の一時的なトレンドのことを言うのだから当たり前だ。何を言っているのか」と言う人もいるだろう。ごもっともではあるが、ブームは消費を拡大させるものだ。産業全体が廃れていくブームに何の意味があるというのか。

お酒は嗜好品であり贅沢品であるというのが、国税庁はもとより世間の見方である。もちろんそういった側面が大きいのは事実だし、人間の生命を維持するために必要不可欠なものとは言えない。しかし、ほぼ例外なく世界中の民族が各々の歴史の中でお酒という発明に辿り着いたことが必然とするならば、人間が生きていく営みの中でお酒を必要としたこともまた明らかではないだろうか。

フランスやイタリアでは、日常にワインの存在がある。その毎日の食卓で飲まれるのはボルドーやブルゴーニュの銘柄物ではなく、廉価なテーブルワインである。

日本酒はどうか? 毎日の食卓にパック酒やカップ酒が登場するだろうか?

毎日の食卓どころの話ではない。日本酒が好きという人でも、それらの流通商品には興味を示さない人が大半ではないだろうか。日本酒ファンを自称する人たちが言う日本酒とは、自分の気に入った銘柄のことであることが多い。つまり、ブームの中心にいるのが彼らなのであれば、それは日本酒ブームではなく、特定銘柄の集合体やそれらをハントする活動のブームなのだ。

誤解のないように言えば、私はそのようなタイプの日本酒ファンを批判しているのではない。ただ、彼らに頼っていたのでは、日本酒がワインのように日常のものになることなど永遠にないということが言いたいのである。